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29歳で京都銀行を辞め、ソニー生命のライフプランナーになりました。
転職ではなく独立です。アントレプレナー(独立起業家)の第一歩を踏み出しました。これを最も実感したのは給料。銀行時代の固定給から完全歩合給に変わりました。やったらやっただけ手に入る代わりに、やらなかったらゼロ。そういう仕事です。当時、ソニー生命で20代はかなり珍しく、僕は周りの先輩たちからとても心配されました。僕がまだ若く社会人経験が浅いため、知り合いが少なすぎるという心配です。
そもそも話を聞いてくれる人の絶対数が足りなければ営業しようがないという点を憂慮されたのでしょう。
営業の世界では家族、親戚や知人、友人を訪ねるケースがよくありますからね。
しかし僕は、身内や知り合いを訪問営業する考えはそもそも持っていませんでした。だってその頃、直前まで携わっていた京都銀行での飛び込み営業がしっかり板につき、天職とまで感じていましたから。
でもね、結果としてやりました。新人研修プログラムで、「近しい知り合いから順にセールスに行け」というミッションが下ったのです。これにはホトホト弱りました。
そして予感的中。行けども行けども、けんもほろろに断られ、身も心もズタボロ、木端微塵になりました。その後は支社に一カ月間引きこもり、一切営業に出れませんでした
引きこもるにも一応の体裁を整える必要があったので、絶対に留守だとわかっているお宅に電話をかけ、「テレアポしましたが、留守でした」なんて報告をよく上司にしていました(笑)。
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そんなとき、ふと暇つぶしに支社に置いてあった一番分厚い電話帳くらいの本、「保険税務のすべて」を手に取りました。これを完全読破し、徹底的に理解したことが今の僕の肥やしになっています。
小難しい税務もとことん読み込むと、何かこう法律をつくる側の気持ちがわかるようになってくる。試験問題を解くコツは、出題者の気持ちになることでしょう?それと同じです。
そうして、生命保険と税務という切っても切れない繋がりがすっきり紐解けたんです。基本となる個人向けの生命保険だけでなく、複雑懐疑で一般に敬遠されがちな法人向けの生命保険もあるべき姿がストンと腹落ちしてきました。
一カ月遅れで営業フィールドに返り咲いたときは自分の好きなやり方、飛び込み営業で、個人も法人もガンガン行きました。当たって砕けろの繰り返しです。量は質に転化するんですね。
営業で傷つくのはただ一つ、知り合いや「イケる」と思っていた人から断られることです。
面識ある人、付き合いのある人から断られると、商品ではなく自分自身を否定されたと感じてしまうからです。
一方、赤の他人から断られるなんて当然のこと、まさか人格否定されたとは感じません。僕は京都銀行時代の約3年間に経験した飛び込み営業でそれを学びました。
若気の至りもあり、怖いもの知らずでしたから、飄々と営業できたんでしょうね。確かに簡単ではない仕事ですが、心が折れないマーケティング方法を編み出した結果、仕事を楽しめたと思います。
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ああ、そうですね。なぜバンカーだった僕が突然ライフプランナーに転身したのか、その理由についてお話していませんでした。
バンカー時代、ソニー生命の先輩から、こんな話があったんです。「お前さ、ソニー生命に入れよ。いいぞー」って。
ちょうど保険の見直しを考えていた僕は二つ返事で「はい、喜んで」と答えました。
実はこれが保険加入のお誘いじゃなくて、社員へのお誘いだったんです(爆笑)。お誘いの意味が違うことに気づいたときは、もう男前な返事をしてしまった後ですからね。
これも天の声かと思って、そのまま自分の言葉に責任を持つことにしました。わからないものですね、人生って。
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